伊豆地方のわさび田は、段々畑のように小さい田んぼが何枚も続くような景観をしています。わさび田は湧水が湧いている地点から造成され、湧水は自然流下によってしだいに下流に流れていきます。
稲作の水田は、水平に田んぼの基盤を造成して、その上に耕作する耕土があります。しかし、わさび田は基盤を造成する時に上流から下流に傾斜をつけて造ります。しかも、造成するところは川原や山中ですから、現場にある石や砂、火山灰などの材料をできるだけ効率的に利用して設計し造成します。
明治の後期に中伊豆で考案され、わさびの生育がとても良かったために、伊豆中に「あっと」いう間に広がった栽培方法に、畳石式というわさび田の造成法があります。

わさび田の基盤を造成する時に、図のように大きい石からしだいに中くらいの石そして小石とゆうように積み上げて造成する方法です。しかも、この基盤は上流から下流へと傾斜をつけます。そして、その基盤の上に作土が乗っかっているのです。原保の平井熊太郎とゆうひとが初めて造成して、わさびの成績がとってもよっかったために、伊豆で造成されるわさび田はみんなこの畳石式の方法になりました。
しかし、この方法は湧水が豊富なところでなければできません。また、造成にとてもお金がかかりますが、一度造成するとわさびが均等にしかもよく育つのでこの方法が普及しました。理論上は、もっとも”進化したわさび田の造成方法”といえます。現在、日本全国ところどころにこの方法で造成されたところがあるようになりました。
何が一番成績が良くなった原因かと思うと、考えられるのはわさびが『空気中の酸素』までも吸収して育つということでしょう。私も就農してからわさび田の改築工事などや災害復旧工事などしてきました。このとき、わさびの根が作土から1メートル以上も下の地下にまで伸びているの見ました。現在の水耕栽培や噴霧水耕栽培 の原点がここにあります。
わさびは水中の『溶存酸素がいっぱいの湧水の酸素』だけでなく、『空気中の酸素』までも吸収して育つのです。
だから、わさびの田の地下構造に「良質のわさび」が育つ秘密があるのです。”地下構造の空間”が良質のわさびを育てるのです。
わさびを育てるための最適な環境を作ってあげる一つの方法が、この畳石式の築田方法なのです。
江戸時代にすでに江戸でわさびの名産地として知られていた伊豆地蔵堂地方ですが、明治時代に開発された革命的なわさび田の築田方法によって、さらに中伊豆地方のわさびの生産量の増加と品質の向上がなされていきました。
中伊豆が日本一のわさびの産地となったのには、先人たちの知恵とたゆまぬ努力のおかげがあったからこそだと思います。
わさび農家は、わさび栽培技術者だけでなく土木技術者集団でもあるのです。

晩秋のわさび田 :棚田百選に選ばれました
稲作の水田は、水平に田んぼの基盤を造成して、その上に耕作する耕土があります。しかし、わさび田は基盤を造成する時に上流から下流に傾斜をつけて造ります。しかも、造成するところは川原や山中ですから、現場にある石や砂、火山灰などの材料をできるだけ効率的に利用して設計し造成します。
明治の後期に中伊豆で考案され、わさびの生育がとても良かったために、伊豆中に「あっと」いう間に広がった栽培方法に、畳石式というわさび田の造成法があります。

わさび田の基盤を造成する時に、図のように大きい石からしだいに中くらいの石そして小石とゆうように積み上げて造成する方法です。しかも、この基盤は上流から下流へと傾斜をつけます。そして、その基盤の上に作土が乗っかっているのです。原保の平井熊太郎とゆうひとが初めて造成して、わさびの成績がとってもよっかったために、伊豆で造成されるわさび田はみんなこの畳石式の方法になりました。
しかし、この方法は湧水が豊富なところでなければできません。また、造成にとてもお金がかかりますが、一度造成するとわさびが均等にしかもよく育つのでこの方法が普及しました。理論上は、もっとも”進化したわさび田の造成方法”といえます。現在、日本全国ところどころにこの方法で造成されたところがあるようになりました。
何が一番成績が良くなった原因かと思うと、考えられるのはわさびが『空気中の酸素』までも吸収して育つということでしょう。私も就農してからわさび田の改築工事などや災害復旧工事などしてきました。このとき、わさびの根が作土から1メートル以上も下の地下にまで伸びているの見ました。現在の水耕栽培や噴霧水耕栽培 の原点がここにあります。
わさびは水中の『溶存酸素がいっぱいの湧水の酸素』だけでなく、『空気中の酸素』までも吸収して育つのです。
だから、わさびの田の地下構造に「良質のわさび」が育つ秘密があるのです。”地下構造の空間”が良質のわさびを育てるのです。
わさびを育てるための最適な環境を作ってあげる一つの方法が、この畳石式の築田方法なのです。
江戸時代にすでに江戸でわさびの名産地として知られていた伊豆地蔵堂地方ですが、明治時代に開発された革命的なわさび田の築田方法によって、さらに中伊豆地方のわさびの生産量の増加と品質の向上がなされていきました。
中伊豆が日本一のわさびの産地となったのには、先人たちの知恵とたゆまぬ努力のおかげがあったからこそだと思います。
わさび農家は、わさび栽培技術者だけでなく土木技術者集団でもあるのです。

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わさびづくり30年



